大判例

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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)2355号 判決

一 証拠を綜合すると、被控訴人は、肩書本店所在地において原判決末尾第二目録記載の建物(原判決末尾第一図のような設備、部屋を有しており、以下「桑原館旧館」という。)並びに新築の鉄筋コンクリート造三階建建物を所有して観光温泉旅館たる桑原館を経営しており、他方控訴人もその肩書地たる桑原館旧館の赤谷湖に面した前面傾斜地において前記同図のようにほゞ桑原館旧館と同規模の設備、部屋を有して同じく観光温泉旅館相生館を経営していること、および同地は一般に猿ケ京温泉と呼ばれていて昭和三〇年七月中赤谷ダムの設置により水没した地域で営業していた桑原館、相生館、長生館、見晴館の温泉旅館等が右ダムによつて生じた人造湖赤谷湖を新たな観光の対象として右人造湖の周辺附近に移転してから新たに発展した温泉郷であつて、同地は北に谷川岳の一部を望みうるがその主たる眺望は、右旅館等の南方に存在する前記赤谷湖に向つてひらけ、相生館はもとより桑原館もまた右赤谷湖に向つて建てられその眺望をもつぱら赤谷湖に依存しこれがため赤谷湖の眺望については特に意を用いて設計建築されていることがそれぞれ認められる。

二 次に、控訴人が群馬県利根郡新治村大字猿ケ京生井一一番の一の宅地の一部(以下「本件敷地」)という。)に原判決末尾第一図のように東西二五間南北四間半その一階部分は鉄筋コンクリート造、二階部分は木造の二階建建物(以下「本件建物」という。)を建築中であることは当事者間に争いがなく、証拠を綜合すると、本件建物は、桑原館旧館の赤谷湖に面する前面に巾約二間の道路をへだててその道路ぞいの一段低い場所に位置して建てられているもので、控訴人は、昭和三五年五月一日本件工事の基礎工事をするためにその敷地の整地を開始し、その後本件建物の建築工事の進行によつて従来なんの支障もなく赤谷湖に対する眺望の可能であつた桑原館旧館一階の部屋のうち最高級の客室である「ふじいろ」、「むらさき」、「くれない」の三室、大浴場、ロビー並びに旧館中別館二階の各部屋からの眺望は、本件建物二階部分の建前によつて著しく損われるにいたつており、殊にその工事が完成されれば前記「ふじいろ」「むらさき」の二室及び大浴場、ロビーからの眺望は完全に遮蔽される状況にあることが認められる。

三 そこで、被控訴人の権利濫用の主張について考察する。

(一) 先ず、被控訴人が原判決末尾第二目録記載の桑原館旧館を所有して旅館を経営し、右建物は赤谷湖に向つて建てられ赤谷湖の眺望に特に意を用いて設計建築されているものであること及び本件建物の建築が落成するにおいては、前記被控訴人所有桑原館旧館中別館の大部分及び大浴場、ロビーからの眺望がいちじるしく損われる状況にあることは前記認定のとおりであつて、これにより被控訴人はその旅館経営上損害を蒙ることは明らかである。

(二) しかしながら、控訴人は、その代表者の有する土地を使用して本件建物を建築しているのであるから、右敷地の利用による建物の建築はすなわち控訴人がその代表者との間の契約等によつて有するところの敷地使用権の行使ということができる。ただ、権利の行使は信義に従い誠実にこれをなすことを要し、単に他人に損害を与えることだけを目的としてこれを行使することの許されないことはもちろん、権利者において実際に権利内容の実現による利益を図る目的を有する場合でも、他にその目的を達するに十分な時期方法があるにもかゝわらず、故らに他人を害する目的を以てその他人を害する時期方法を選んで権利を行使することは、これまた権利の濫用であり、許すべきでない。よつて以下控訴人につき右のような事実があるか否かを検討する。

証拠によれば、そもそも控訴人が本件建物を建築しようとするに至つた動機は、近時猿ケ京温泉が観光地としての脚光を浴び急速に発展するに至り、相生館としては現在の部屋、施設をもつては宿泊客の申込に応じきれずその相当数を断るのやむなきに至つている現状であつてその需要を充すために本件建物の建築を決意し約一五〇〇万円の巨費を投ずる計画をもつて本件建物建築工事を始めたものであること、その敷地としては控訴人会社代表者東海林茂の所有地を使用するものであるがその場所の選択は設計者山崎元士の意見をも斟酌して本件敷地を選択したものであり、東海林はこの敷地以外にも相生館敷地の近辺に広大な土地を所有し控訴人においてこれを使用することができるものであるが、本件敷地がその地形上、排水設備上、防音上、並びに旅館としての施設管理上の見地から考察して相生館の客室用建物建築には最も適しているものである事実はこれをうかがうに難くない。これらの点から考えれば控訴人が本件敷地上に本件建物を建築することは、一応旅館業者として現状に則した合理的な措置であつたものと考えられる余地も多分に存するやにみられる。

しかしながら、ひるがえつて控訴人の主観的意図について更に考察するときは、控訴人の本件建物建築には被控訴人に対する害意が存することが一応疏明される。即ち、前記証拠を綜合すると、(イ)控訴人の経営する相生館と被控訴人の経営する桑原館とはかねてから相反目する関係にあつたこと、(ロ)昭和三二年三月頃控訴人は、他にその設置場所があると認められるのに相生館敷地のうち桑原館旧館一階大広間からの赤谷湖を眺望する妨げとなる位置に物干場を建てて同所に毎日敷布浴衣等の洗濯物をかゝげるなど観光旅館としては特に忌み嫌う行為をなし、そのためこれが桑原旧館宿泊客の目障りになつており被控訴人の撤去の要求にも最近に至るまでなかなか応じなかつたこと、(ハ)控訴人が本件建物建築のための整地を開始した直後であつてまだ建築工事にいたらない昭和三五年五月三日、同業者長生館の主人であつて猿ケ京温泉組合長をかねている生津義登の要請によつて新治村村会議長原沢正三および同村村長片野利三郎は、本件建物建築が桑原館にもたらす打撃と村全体からみた観光上の損失とを考えできうれば控訴人、被控訴人間のこの問題の解決をはかりたい意向をもつて控訴人代表者東海林に対し前記趣旨から右東海林の有する相生館附近の他の土地に建物の建築場所を変えられたい旨のあつせん申入をしたが、右東海林はこれに一顧も与えず拒否し、また、右あつせん不調直後同村村会議員林岩雄が東海林に対し控訴人のそれまでに支出した設計費用工事費用等の代償として金一〇〇万円程度を被控訴人から控訴人に支払わせるとの条件によつて工事中止の勧告をしたのに対しても、これを一蹴したこと。

(二) 本件建物は、桑原館旧館の建物中赤谷湖に面する部分の前面に殆んどその全域にわたつて建築され、これと前記(ロ)掲記の物干場の建物をあわせると桑原館旧館の赤谷湖に面する前面の殆んど全域にわたつて、眺望の妨げとなる控訴人所有建物が建ち並ぶ形となること、がそれぞれ認められる。これらの事実を綜合して考えるときは、控訴人の本件建物建築は、控訴人が当初の計画であつた三階建の設計を二階建に変更した事実を参酌しても、なおこれによつて被控訴人経営の桑原館旧館の眺望を害し右建物の旅館としての効用を損わしめんとする害意があつたものと一応推認せられる。

尤も、控訴人において本件敷地以外に他に使用すべき適切な敷地を確保できない場合には本件建物建築が被控訴人を害することを唯一の目的とするものではない以上、単に害意を有したとしても違法性は阻却されるものといえよう。そして、本件敷地が相生館を拡張して新たに敷地を選び客室用建物を建築するためには最も適した土地であることは前記認定のとおりであるが、証拠によれば控訴人代表者の所有地中には相生館建物の西側の上段村道に面した位置が桑原館をはじめ他の第三者所有建物の眺望、採光通風等の妨害とならず建築敷地として一応考慮される余地がないわけでもないことがうかがわれ、この地が本件敷地と比較して土地の傾斜の度合(前記乙第十一号証の一の測量図中関係部分及びその附近の等高線の密度を検するときは両者間に格段の差があるとも認められない)や、既存排水設備を利用することの便否、延いて工事費の点において立地条件がおとるとしても、被控訴人との協議による金銭的補償をもつてこれをおぎなうことができないとまではこれを認めるに足る疏明なく、且つ、原審証人持谷とくの証言によれば被控訴人は控訴人が本件建物を現在の敷地に建築しないことの補償として控訴人に合理的相当額の金員を支払う意思があることが疏明されているから、結局控訴人にとつては本件敷地の使用がその権利行使の時期方法として唯一のものということはできない。従つて、控訴人としては右金員が合理的に相当額のものであれば本件敷地を選択せず被控訴人所有建物の眺望の妨害とならない前記敷地を選択すべきことが信義則上当然である、と考えられるに拘らず、前記のような害意の下にあえて本件敷地を選択したのであるから、この点において控訴人の行為は権利の濫用に当る行為と考えられ、控訴人はその代表者所有の本件敷地を使用する権利を濫用することによつて、本件建物を建築し被控訴人所有の桑原館旧館の建物所有権の行使を違法に妨害しているものというべきである。

(小沢 中西 宇野)

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